間違いやすい「筆舌に尽くしがたい」の意味と使い方・類語と例文

「筆舌に尽くしがたい」の意味と使い方

「筆舌に尽くしがたい」は、新聞記事やコラムなどで良く使われる表現です。文字を見ただけでは、意味を推測するのが難しい言葉でもあるので、まずは以下で意味と使い方について解説します。

「筆舌に尽くしがたい」とは表し切れない甚だしさ

「筆舌に尽くしがたい」とは、文章では表せないほど甚だしい様子、という意味です。

・震災で被害を受けた町を訪れたが、その様子は筆舌に尽くしがたい

・彼の成長は筆舌に尽くしがたい

「筆舌」とは、書くことや話すことを意味します。「尽くしがたい」とは十分な表現ができない、という意味です。つまり「筆舌に尽くしがたい」は「書いたり、話したりしても十分伝わらないような、それだけ表現が難しい様」ということです。

「筆舌に尽くしがたい」で悪い様子を表す

「筆舌に尽くしがたい」が主に使われるのは、書いても話しても到底伝えきれないだろうと思われるような悪い状況についてです。

・泥棒に入られた彼の家に行ったが、筆舌に尽くしがたい状況だった

・彼の自分勝手さと言ったら、筆舌に尽くしがたい

・今日の料理の味は、いつもに増して筆舌に尽くしがたい

これらはすべて「筆舌に尽くしがたい」を、悪い状況の強調として使っています。その様子の悪さがあまりに甚だしく、何と表現すれば良いのかわからない、という困惑の心境も伝わるでしょう。

「筆舌に尽くしがたい」を使う場合は、あまり細々とした説明は必要ありません。その説明自体が難しい、という状態が「筆舌に尽くしがたい」だからです。

「筆舌に尽くしがたい」でポジティブな様子を表す

「筆舌に尽くしがたい」は、時にポジティブな様子にも使われます。

・彼女のウェディングドレス姿は何とも筆舌に尽くしがたい美しさだった

・課長の書の腕前は素晴らしく、その出来映えは筆舌に尽くしがたいほどだ

・田中さんの作る料理はどれも本当においしく、そのおいしさは筆舌に尽くしがたい

これらはすべて「筆舌に尽くしがたい」を良い意味で使っています。その様子があまりに素晴らしく、何と表現すれば良いかわからない、という感動の気持ちも伝わるでしょう。

「筆舌に尽くしがたい」は、ネガティブな意味に使われることが多いため、ポジティブな意味として使う場合はそれがどんな様子だったのかがわかる言葉を添えた方が良いかもしれません。例で言えば「美しい」「おいしい」などです。

「筆舌に尽くし難い」と書いても良い

「筆舌に尽くしがたい」は、すべてを漢字にして「筆舌に尽くし難い」と書いても間違いではありません。「がたい」とは「~するのが難しい」という意味です。「難しい」という意味をそのまま漢字にした「難い」としても、言葉の意味は変わりません。

多くの新聞記事や雑誌コラムでは「筆舌に尽くしがたい」とひらがなで書かれていることの方が多いようです。

しかしこれはひらがなと漢字のバランスの問題などもありますので、あまり気にしなくても良いでしょう。

 

 

「筆舌に尽くしがたい」の類語と例文

「筆舌に尽くしがたい」には、似た意味を持つ言葉があります。以下では「筆舌に尽くしがたい」の類語を例文と一緒に解説します。

筆紙に尽くしがたい

「筆紙に尽くしがたい(ひっしにつくしがたい)」とは、あまりに甚だしくて文章にできないという意味です。「筆舌に尽くしがたい」の「舌(話すこと)」が抜けただけで、意味は同じです。

・彼の無礼な振る舞いは筆紙に尽くしがたい

・彼女はパートから正社員になるために、筆紙に尽くしがたい努力を重ねた

「筆紙に尽くしがたい」も、「筆舌に尽くしがたい」と同様に、良い意味にも悪い意味にも使います。どちらにしても、その様子があまりにも甚だしく、何と表現すれば伝わるのかがわからないという意味です。

「筆紙に尽くしがたい」は、「舌」が含まれていませんが、特に口頭の会話で使えないということではありません。

「筆紙に尽くしがたい」はあくまでも物の例えなので、会話の中で「筆紙に尽くしがたい」と言っても、その甚だしさは伝わるでしょう。

言語に絶する

「言語に絶する(げんごにぜっする)」とは、言葉で言い表せないほど、その状況や程度が甚だしいという意味です。「筆紙に尽くしがたい」の口頭版と考えると良いでしょう。

・彼の部屋の散らかりようと言ったら、まさに言語に絶する

・課長の作る料理はどれも絶品で、そのおいしさは言語に絶する

「言語に絶する」も、良い意味にも悪い意味にも使えます。どちらの意味として使っても、言葉にできない程度という意味です。

「筆紙に尽くしがたい」と同じで、「言語に絶する」も文章・口頭のどちらでも使えます。

千言万語を費やしても表現し得ない

「千言万語(せんげんばんご)を費やしても表現できない」とは、たとえ千の言葉、万の語彙があったとしても表現できないだろう、という意味です。

・彼の頭脳は極めて優れており、そのすばらしさは千言万語を費やしても表現し得ない

・A社の新製品はこれまでにない機能を多く備えている、そのすごさは千言万語を費やしても表現し得ない

「千言万語を費やしても表現し得ない」は、ほぼポジティブな場面に使われます。自分が知っている程度の言葉では、到底説明できないほどのすばらしさ、というイメージです。

この場合の「自分が知っている言葉では」とは、本当に言葉をあまり知らないということではなく、どうせ伝えられないだろうという気持ちから出る、一種の諦めのような意味合いです。